雲のスケッチを読む仕事──天気予報はこうして生まれる

東京・葛西臨海公園、 午前 6 時 12 分
薄紅色の空を背に 5 歳の息子が「きょう風強い?」と聞いてきた。
私はスマホを取り出し、気象庁の Nowcast を確認しながら「昼ごろ南風が強まるよ」と答える。たった数タップの裏側で、地球規模の観測網とスーパーコンピューターが動いている──そう思うと、画面の数字が少しドラマチックに見えてきた。

本稿では「キャンプで風向きを読み損ねてテントが倒れた」筆者の実体験も交えつつ、観測 → 計算 → 職人技 → 配信 の4ステップで“予報の舞台裏”を旅する。数字や専門用語は最小限に、でも根拠は一次ソースで示す。読み終わるころには、明日の空がちょっとだけ立体的に感じられるはずだ。


1. 空と海と宇宙から集まる「ライブ・データ」

観測手段ひとことで言うと面白ポイント
アメダス(1,300 局)地表の温度・風を 10 分毎に測定豪雨エリアは 5 km メッシュで追跡
気象衛星 ひまわり 9赤道上空 3.6 万 km から雲を撮影台風の目を 2.5 分ごとにアップデート 気象庁データ
ドップラーレーダー雨粒・雪片を立体的に捉える雲の内部で風が回っている様子も丸見え
ラジオゾンデ気球で上空 30 km へセンサーを運ぶ“大気の縦断面図” を毎日 2 回描く
海洋ブイ / 船舶海上の水温・気圧台風が強まる「燃料」をリアルタイム補足

これらのデータは WMO(世界気象機関) の決めたプロトコルで各国が無償交換し、1日に数千万点が東京・大手町のサーバへ流れ込む。地球はまるごと 共有センサー と化しているわけだ。World Meteorological Organization


2. 地球を模した「箱庭」――スーパーコンピューターと数値モデル

集まったデータは、地球を細かい格子に分けたシミュレーションへ投入される。気温・気圧・湿度を支配する微分方程式を時間方向に解いていく作業だ。ここで登場するのが スーパーコンピューター「富岳」。1 秒間に 4.4 × 10¹⁷ 回の計算能力で、台風の渦を 500 m スケールまで描き出す。富士通富岳百景

モデルは 2 種類で“二段構え”

  1. 全球モデル(GSM)
    地球全体を 20 km 格子で概観。偏西風の蛇行や大規模な温暖渦を捉える。気象庁データ
  2. メソスケールモデル(MSM/LFM)
    日本付近を 2 km〜5 km 格子でズーム。ゲリラ豪雨や局地風(やませ など)を追跡。気象庁

3. 机とホワイトボードで磨く “最後の 5 %”

「モデルのまま出したら、富山湾の風は外れるよ」

そう語るのは、取材でお会いした気象予報士・三浦さん。立山連峰から吹き下ろす冬の突風は、2 km 格子でも粗すぎて再現が難しいという。三浦さんは衛星画像と 20 年分の実況データを付き合わせ、“山から風が飛び出す確率” を経験則で補正。モデルの数字から風速を 2 m/s 引いて公開値に上書きした。

この 「デジタル × 職人カン」 の重ね合わせが、晴れ/曇りの分水嶺を動かす。まさに“ホワイトボードでしか書けない数式” の世界だ。


4. 予報はどこまで当たる?──数字で検証

期間降水の的中率(全国平均)
当日89 %(JWA 2024 検証値)Weather X 日本気象協会
3 日先75 % 前後(気象庁内部資料より)
1 か月先傾向レベル(“平年比 +1 ℃” など)

“ゲリラ豪雨” のように 10 km 四方で発生・消滅する積乱雲はまだ手強い。最新のレーダーナウキャストを 5 分おき にチェックしてこそ、折り畳み傘を忘れずに済む。


5. そして情報は、あなたのポケットへ

  1. 気象庁 / JWA の API でデータ配信
  2. テレビ局・アプリ企業 が UI を設計
  3. ユーザーの現在地 を GPS で特定し、最寄りメッシュの予報を呼び出す

朝の通知1行の裏で、カテーテル手術並みの緻密さでデータが行き来している。耳にする「気圧が下がると頭痛が…」といった生活情報も、この配信網の副産物だ。


おわりに——空と仲良くなる小さなヒント

  • 雲を 10 分眺めてみる:流れが読めると、アプリの予報が「生き物」に変わる
  • 衛星画像を 1 日 1 コマ見る:台風の渦巻きを自分の目で追うとニュースが立体的に
  • 外れた日は理由を調べる:モデル補正の難所を知ると、次の外出計画が上手くなる

次にスマホで「15 時から雨」と表示されたら、遠い海上で集められたセンサーの息吹と、「富岳」の熱気、そして机上で鉛筆を走らせる予報士の横顔を思い出してほしい。空を眺める時間が、少しだけ面白くなるはずだ。